大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和49年(ワ)7944号 判決

原告 株式会社茂木商会

右代表者代表取締役 茂木重信

右訴訟代理人弁護士 松村弥四郎

被告 北総開発鉄道株式会社

右代表者代表取締役 川崎千春

右訴訟代理人弁護士 富山保雄

右同 田島孝

右同 原田栄司

右同 石橋博

主文

原告の被告に対する各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は、原告に対し、金一一六三万六五八四円及び内金八九五万六五八四円に対する昭和四九年八月二四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

(二)  訴外有限会社四村工業所が昭和四八年九月八日被告に別紙二物件目録(一)記載の土地を売却した法律行為は、これを取消す。

(三)  被告は、原告に対し、別紙二物件目録(一)記載の土地につき千葉地方法務局印西出張所昭和四八年一一月五日受付第九八八五号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(四)  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決、並びに、右(一)につき仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

(一)  原告は、訴外有限会社西村工業所(以下「西村工業所」という)に対し、別紙一債権目録記載の約束手形金債権及び売掛金債権を有していたので、昭和四九年二月頃東京地方裁判所に対し、別紙一債権目録(一)の番号④、⑤記載の各約束手形金債権合計金二六六万三八一八円に基づき西村工業所所有の別紙二物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という)につき仮差押えを申請(同裁判所昭和四九年(ヨ)第九六四号不動産仮差押申請事件)したところ、同裁判所は昭和四九年二月一九日仮差押決定をなして、これに基づき本件建物につき千葉地方法務局印西出張所昭和四九年二月一九日受付第一二四六号をもって仮差押登記をなした。そこで、原告は、西村工業所を被告として東京地方裁判所に対し、別紙一債権目録(一)の番号①ないし⑤記載の各約束手形金債権及び同目録(二)の番号④ないし記載の各売掛金債権の支払いを求める各訴訟を提起(右前者の債権の訴えは同庁昭和四九年(手ワ)第四五六号約束手形金請求事件、右後者の債権の訴えは同庁昭和四九年(ワ)第一六二号売掛金請求事件)したところ、右前者の訴訟事件については昭和四九年六月一二日に、右後者の訴訟事件については同年四月三〇日に、それぞれ原告勝訴の判決の言渡しがなされて、その後確定したので、右各判決正本に基づき本件建物につき強制執行の申立をなすべく準備していた。

(二)  被告は、昭和四八年九月八日、西村工業所との間で、西村工業所が被告に西村工業所が所有していた別紙二物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という)を売買代金九一七八万四〇〇〇円、その支払方法は、第一回分として契約締結と同時に手附金兼代金の内金として金二〇〇〇万円、第二回分として昭和四八年一〇月三〇日限り金六一七八万四〇〇〇円、第三回分として昭和四九年八月三一日限り金一〇〇〇万円をそれぞれ支払う、特約として右第二回分の支払いと同時に本件土地の所有権移転登記をなすとの約定で売る旨の売買契約を締結し、その後本件土地につき千葉地方法務局印西出張所昭和四八年一一月五日受付第九八八五号をもって西村工業所から被告への所有権移転登記が経由された。

(三)  ところで、本件土地上には本件建物が存在していたところ、被告としては本件土地の右買受目的を達成するためには本件建物を本件土地から撤去してもらってこれを更地にする必要があった。しかし本件建物については前記のとおり原告が仮差押えをなし、更に他の西村工業所に対する債権者も仮差押えをなしていて、これら債権者は強制執行に着手しようとしていたので、被告は、形式上適法に本件建物を撤去したように装うために、西村工業所と共謀の上、昭和四九年四月頃東京地方裁判所に対し西村工業所を相手どって本件建物の処分禁止の仮処分を申請して、右裁判所から右仮処分決定を得て本件建物につき千葉地方法務局印西出張所昭和四九年四月三日受付第二九一六号をもって右仮処分登記をなし、更に右の頃右裁判所に対し西村工業所を相手どって本件建物収去本件土地明渡しを求める訴訟(同庁昭和四九年(ワ)第三〇一四号建物収去土地明渡請求事件)を提起して、同裁判所から同年六月二〇日西村工業所の欠席による本件被告の勝訴の判決の云渡を受けたので、被告は、昭和四九年七月一三日から同年同月一八日までの間に、西村工業所に命じて本件建物を取壊させた。

(四)  被告と西村工業所とがなした本件建物の右取壊行為は共謀して建造物損壊罪(刑法二六〇条、二六二条)を犯したものであって、この行為は本件建物につき前記仮差押をなしている原告に対し故意に共同不法行為をなしたことにあたるものである。

(五)  原告は、被告の右不法行為に因り次の1及び2のとおりの損害を被った。

1 本件建物については、右取壊以前に、大蔵省が差押えをなし、更に訴外福徳信用組合(西村工業所に対する債権金額は四八万七五〇〇円)、同岡安産業株式会社(同債権金額は三五九万八五二八円)、同株式会社須之内商店(同債権金額は五〇九六万八七七四円の内金五〇〇万円)及び原告がそれぞれ仮差押をなしていて、原告の西村工業所に対する債権の合計金額は別紙一債権目録(一)の番号①ないし⑤、(二)の番号④ないしの金九二八万五五五一円であったが、本件建物の右取壊当時における価格は少くとも合計金六八八五万七二七六円(建物自体の価格は合計金四六〇万八四七六円、その敷地の借地権価格は六四二四万八八〇〇円)であったので、被告の前記不法行為(西村工業所と共謀による本件建物の取壊)がなければ、原告は本件建物につき強制執行をなして右債権を回収し得たものである。しかるに、被告の前記不法行為に因り本件建物は取壊されてその価値を失い、西村工業所には他に原告の右債権を支払うべき資産もないので、原告は右債権の回収をなし得なくなった。ところで、原告が西村工業所に対し有している右債権合計金九二八万五五五一円については、昭和四九年八月二三日西村工業所から金四八万三二八〇円の弁済を受けたが、これは右同日までの右債権の年六分の割合による遅延損害金合計金一五万四三一三円及び右債権の内金三二万八九六七円に充当されたので、右債権は金八九五万六五八四円及びこれに対する昭和四九年八月二四日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金が残存し、これが回収できない状態にある。そこで、原告は被告の前記不法行為に因り右残存債権額相当の損害を被っているものである。

2 原告は、本件訴訟提起の頃、本件訴訟の提起を弁護士松村弥四郎に委任し、同弁護士にその報酬金として金二六八万円を支払う旨を約した。

(六)  次に、前記(二)記載のとおり被告と西村工業所とが本件土地の売買契約を締結して本件土地につき被告への所有権移転登記が経由された当時原告は、西村工業所に対し別紙一債権目録(一)の番号①②記載の各手形金債権及び同目録(二)の番号①ないし③記載の各売掛金債権を有していたところ、西村工業所は右当時本件土地・建物よりほかに別紙二物件目録(三)及び(四)記載の各土地を所有していた。しかし、右各土地の時価はせいぜい合計金二二〇八万円程度であったところ、右前者の土地には既に別紙三抵当権目録番号①、②記載のとおりの多額の債権を被担保債権とする根抵当権が、右後者の土地には右同目録番号③記載のとおりの右同根抵当権がそれぞれ設定されていたので、右各土地は原告の前記債権の弁済をなすべき資産とはなっていなかったばかりか、西村工業所は昭和四八年頃から既に営業成績も低下していたので、前記当時本件土地、建物が西村工業所の唯一の財産に近い状態になっていた。そうすると、被告と西村工業所との本件土地の前記売買契約の締結は、不動産を消費あるいは隠匿しやすい金銭にかえるもので一般債権の共同担保としての効力を減ずる行為であるから、原告の前記債権を害する詐害行為であり、西村工業所は右債権を害することを知って右売買をなしたものである。

(七)  よって、原告は、被告に対し、前記(五)の1及び2記載の各損害金合計金一一六三万六五八四円及び内前記(五)の1の損害金八九五万六五八四円に対する昭和四九年八月二四日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金を支払うことを求め、更に、詐害行為取消権に基づいて、前記(二)記載の西村工業所が被告に本件土地を売却した法律行為を取消し、本件土地につき前記(二)記載の所有権移転登記の抹消登記手続をなすことを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

(一)  請求の原因(一)のうち、西村工業所所有の本件建物につき原告主張の仮差押登記がなされていることは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  請求の原因(二)の事実は認める。但し、被告と西村工業所とが締結した本件土地の売買契約においては売買代金は一応金九一七八万四〇〇〇円と定められたが、三・三平方メートル当り金一四万九〇〇〇円の割合による実測売買で、実測面積に増減のあるときは精算すべき約定であったところ、後日実測の結果代金は金九三六八万二二六〇円と確定された。

(三)  請求の原因(三)のうち、本件土地上に本件建物が存在していて被告が本件土地の買受目的を達成するためには本件建物を本件土地から撤去してもらってこれを更地にする必要があったこと、被告が、東京地方裁判所に対し、原告主張のとおり、昭和四九年四月頃処分禁止の仮処分を申請してその決定を得て、登記をなし、更に原告主張の訴訟を提起して本件被告勝訴の判決の云渡を受けたこと、その後同年七月一三日から同月一八日までの間に西村工業所が本件建物を取壊したことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告と西村工業所とが締結した原告主張の請求の原因(二)記載の本件土地の売買契約においては、西村工業所が昭和四九年八月三一日までに本件建物を撤去して被告に本件土地を引渡すのと引換えに被告は西村工業所に売買代金の残金を支払うとの約定がなされていた。そこで、被告は、西村工業所において約定どおり右履行がなされるものと期待していた。ところが、昭和四九年三月頃被告は、大蔵省から西村工業所に対する照会を受け、不審に思って調査した結果、本件建物に仮差押等がなされていることを知った。そして、被告は、西村工業所に右履行が間違いなく行われるか問いただしたところ、西村工業所から、仮差押等を受けたため本件建物の撤去を自ら行うことができないとの返答があったので、被告としては、西村工業所において任意履行を期待し難いと判断せざるを得ないこととなった。そこで、被告は、止むを得ず、保全の目的で前記処分禁止の仮処分を申請し、その本案として前記訴訟を提起した。右訴訟事件については「被告(注・西村工業所)は原告(注・本件被告)に対し昭和四九年八月三一日限り本件建物を収去して本件土地を明渡せ。」との判決の言渡しがあり、西村工業所がこれにつき控訴しなかったため、所定の期間経過により右判決は確定した。その後昭和四九年七月上旬頃西村工業所から被告に対し本件建物の取壊しを行いたいが、取壊し費用を出してくれないかとの申出があったが、被告はこれを断った。それから約二〇日位を経過した同年同月二六日頃、被告は、本件土地の前記売買契約の仲介業者の訴外品田某から「本件建物を取壊したので残代金の支払いをして欲しい」との連絡を受けたので、初めて本件建物の取壊しが行われたことを知ったのである。以上の次第で、本件建物の取壊しは被告が西村工業所に命じてやらせたものではなく、本件土地の前記売買契約において西村工業所は被告に対し本件建物を撤去して本件土地を引渡すことを約定していたところ、西村工業所が右義務を任意に履行しない態度を示したため、被告は止むなく前記訴訟を提起して判決を得たものであるから、被告の右措置につき何ら法的非難を受ける筋合はない。他方、西村工業所としても被告に対し前記売買契約における義務を任意に行うべき立場にあったところ、その旨の判決を受け、もし履行を行なわなければ強制的に履行を余儀なくされることが明らかな状況になったので、右判決に従い自ら任意に本件建物を取壊して右義務の履行をなしたものであるから、西村工業所の右措置も違法ではない。

(四)  請求の原因(四)は争う。

前記のとおり、本件建物の取壊しについては被告は何ら関与していないし、被告は西村工業所に右取壊しを命じてやらせたものではない。また西村工業所の本件建物の取壊しについても、前記のとおり、西村工業所は被告に対し本件建物を撤去する義務を負担し、判決において国家的にこの義務が確認せられたので、この義務の履行として本件建物を取壊したものであるから、仮に西村工業所の本件建物の取壊行為の外形が建造物損壊罪(刑法二六〇条、二六二条)にあたるとしても、社会的相当行為として違法性が阻却されるものである。

(五)  請求の原因(五)のうち、本件建物の時価が原告主張のとおりであることは否認し、その余の事実は不知。本件建物は前記売買契約に基づき取壊されるべきものであったので、その財産的価値としては撤去を前提とする建物の価額でしかなく、本件建物についてはその敷地の土地(本件土地)につき借地権は存在しないので、本件建物の時価の算定につき借地権の価額を加えるべきではない。

(六)  請求の原因(六)のうち、原告が西村工業所に対し原告主張の債権を有していることは不知、西村工業所が本件土地、建物よりほかに原告主張の土地を所有していたことは認める、その余の事実は否認する。

西村工業所は、本件土地上に所有していたその工場を工業専用地域である白井工業団地内に移転すべく計画し、昭和四七年八月頃金融機関からの融資を得て工業団地内に原告主張の土地二筆を買受けた。西村工業所の被告に対する本件土地の売却は、右工場移転計画の一環として行われたもので、西村工業所はその売却代金をもって右白井土地の購入のために受けた融資金の返済、新工場建設費用などにあてるために本件土地を被告に売却したものであり、しかも右売却代金は時価よりもやや高めのものであった。なお、右売買当時本件土地には別紙三抵当権目録番号④ないし⑧記載のとおりの根抵当権ないし抵当権が設定されてその登記がなされていたが、西村工業所は、右売却代金の一部をもって右根抵当権ないし抵当権者に対しその被担保債権の弁済を行い、その抵当権設定登記の抹消を得た。右の次第で、被告と西村工業所とが締結した本件土地の売買契約は、相当の価格をもってなしたものであって、資産の形態を物から金銭にかえたものにすぎず、債務者である西村工業所の総資産額を何ら減少させるものではなく、また右当時西村工業所は債権者を害することを知らなかったものであるから、詐害行為にはあたらないものである。

(七)  請求の原因(七)は争う。

三  被告の抗弁

(一)  仮に、被告と西村工業所とが締結した原告主張の本件土地の売買契約が原告主張の理由により詐害行為になるとしても、

前記二の(六)の後段に記載のとおり、西村工業所は、右売買契約の売買代金をもって弁済その他の有用の資にあてるために右売却をなしたものであって、その後右売買代金を右有用の資にあてた。そうすると、右の事情があるため、右売買契約は詐害行為にならない。

(二)  仮に右主張が認められないとしても、

被告は、右売買当時、西村工業所の資産、負債の状況などにつき格別の知識を有しなかったばかりか、右売買契約締結に至るまでの交渉の途上で、西村工業所から工場移転のため本件土地の明渡猶予期間として一年を求められたことなどから西村工業所は正常な営業状況にあるものと推察していたので、本件土地の右売買が債権者を害することになることを知らなかった。

四  抗弁に対する原告の認否

(一)  抗弁(一)の事実は否認する。

(二)  抗弁(二)の事実は否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

第一原告の被告に対する本件建物取壊しの共同不法行為に基づく損害賠償金支払い請求について

一  《証拠省略》によれば、請求の原因(一)記載の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(但し、西村工業所が本件建物を所有し、本件建物に請求の原因(一)記載の仮差押登記がなされたことは当事者間に争いがない)。

二  しかして、被告が昭和四八年九月八日西村工業所との間で請求の原因(二)記載の本件土地の売買契約(但し、売買代金額を除く)を締結したこと、本件土地上には本件建物が存在していたので、被告としては本件土地の右買受目的を達成するためには本件建物を本件土地から撤去してもらってこれを更地にする必要があったところ、被告は請求の原因(二)記載のとおり、昭和四九年四月頃東京地方裁判所に対し西村工業所を相手どって本件建物の処分禁止の仮処分を申請してその決定を得て、本件建物にその旨の登記をなし、右の頃右裁判所に対し西村工業所を相手どって本件建物収去本件土地明渡しを求める訴訟を提起して、同裁判所から同年六月二〇日西村工業所の欠席による本件被告勝訴の判決の云渡しを受けたこと、ところがその後昭和四九年七月一三日から同年同月一八日までの間に西村工業所が本件建物を取壊したことはいずれも当事者間に争いがない。《証拠省略》によれば、被告と西村工業所とが締結した本件土地の右売買契約においては、売買代金額は一応九一七八万四〇〇〇円と定められたが、本件土地の実測面積に増減があるときは三・三平方メートル当り金一四万九〇〇〇円の割合で精算して代金額を変更する約定であったところ、後日実測の結果右売買代金は九三六八万二二六〇円に変更されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  原告は、西村工業所の本件建物の右取壊行為は、被告が西村工業所に命令して西村工業所と共謀してなしたものであって、原告に対する共同不法行為にあたるものである旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。

即ち、被告が前記本件建物の処分禁止の仮処分を申請し、前記訴訟を提起した経緯についてみるに、《証拠省略》によれば、被告と西村工業所とが締結した請求の原因(二)記載の本件土地の売買契約においては右締結の際、売買代金の第三回めの支払いについては、西村工業所が昭和四九年八月三一日までに本件建物を撤去して本件土地を更地にして被告に引渡すのと引換えに被告は西村工業所に残代金を支払うことが約定されていたこと、従って、右約定により被告は西村工業所に対し本件建物の撤去を求めることができる権利を有し、西村工業所は右撤去をなす義務を負担していたこと、被告は、西村工業所に対し約定どおり右売買契約締結の際手付金兼代金の内金として金二〇〇〇万円を、昭和四八年一〇月二四日代金の内金として金六一七八万四〇〇〇円をそれぞれ支払ったが、その後西村工業所から被告の問合わせに対し本件建物につき債権者から仮差押えを受けたので、約定どおり昭和四九年八月三一日の期限に本件建物を撤去することができない旨の返事があったので、被告としては西村工業所が右期限に右義務を任意に履行することが期待できないと判断せざるを得なくなったこと、そこで被告は止むを得ず、西村工業所を相手どって、右権利を保全するため前記本件建物の処分禁止の仮処分を申請し、その本案として右期限に本件建物を撤去して本件土地の明渡しを求める前記訴訟を提起して、その判決を得、右期限において右判決に基づき強制執行をなすことを決意していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によれば、被告は西村工業所に対し右期限に本件建物の撤去を求めることができる権利を有していたところ、西村工業所が右期限に本件建物の撤去を任意に履行することが期待できない状況にあったので、判決により右権利の実現を図るため、前記仮処分を申請し、その本案として前記訴訟を提起したものであるから、被告の右行為をもって違法であるとはいえず、仮に右判決の云渡しがあったことが動機ないし原因となって西村工業所が本件建物を前記のとおり取壊したとしても、これをもって、被告が西村工業所に命令して任意に本件建物の取壊しをなさしめたものとはいえず、また、被告が西村工業所と共謀して本件建物の取壊し行為をなしたものと推断することはできないものである。他に被告が西村工業所に命令して本件建物の取壊しをなさしめ、又は被告と西村工業所とが共謀して本件建物の取壊しをなしたことを認めるに足りる証拠はなく、《証拠省略》によれば、西村工業所は昭和四九年一月頃所謂オイルショックの影響を受けて急速に経営不振に落入って振出手形金の決済をなすことが困難な状態になったので、従来の大口取引先の訴外新興工業株式会社から倒産防止のための経営資金として金一〇〇〇万円余の融資を受け同年二月頃その担保の趣旨で、西村工業所が被告に対し有していた本件土地の売買残代金債権金一一〇〇万円を新興工業株式会社に譲渡したこと、しかし被告と西村工業所とは、本件土地の売買契約締結の際、西村工業所が被告から右残代金の支払いを受けるためには本件建物を撤去して本件土地を更地にすることを要する旨約定していたため、西村工業所は、被告から任意に本件建物を取壊すよう命令されたり、被告とそのような相談などはしていなかったが、前記融資金を支払いたいために、昭和四九年七月三日頃訴外東西鉄構株式会社に本件建物の取壊及び本件土地の整地を請負わせて、その後同社に本件建物を取壊わさせたこと、そして、その後西村工業所から被告に本件建物撤去完了の連絡があったので、昭和四九年八月二四日被告、西村工業所、及び新興工業株式会社の三社立合いのうえで、被告が西村工業所に残代金一一八九万八二六〇円を支払い、その際西村工業所がこれをもって新興工業株式会社に前記融資金の支払いを了したこと、従って、却って、本件建物の取壊しについては、西村工業所が被告から命令されたり、被告と共謀したりした事実はなく、西村工業所の一存で、東西鉄構株式会社を使用して、任意に取壊したものであることが認められる。

四  そうすると、前記三の冒頭に掲記の主張を前提とする原告の被告に対する本件建物取壊しの共同不法行為に基づく損害賠償金支払請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

第二原告の被告に対する詐害行為取消し、及びこれに基づく本件土地の所有権移転登記の抹消登記手続の各請求について

一  原告が西村工業所に対し別紙一債権目録(一)の番号①、②、同(二)の番号①ないし③記載の各債権を有していること、昭和四八年九月八日被告と西村工業所とが西村工業所所有の本件土地につき請求の原因(二)記載の売買契約(但し売買代金額は前記第一の二において認定のとおり)を締結したことは前記一の一、二において判示のとおりである。

二  ところで、原告は、被告と西村工業所とが締結した本件土地の右売買契約は、原告の債権を害する行為であって債務者である西村工業所もこれを知っていたので、詐害行為になる旨主張するので、右主張につき検討する。

(一)  債務者が不動産を売却する行為は、その売却代金が時価に比して低廉であって、右売却により一般債権者が債務者の財産よりその債権の弁済を受け得ないことになったときは、詐害行為となり、また、右売却代金が相当の価額による場合においても、担保財産として安固な不動産を変じて消費しやすい金銭となして、その財産の一般担保力を薄弱ならしめるものであるから、右売却によって一般債権者が債務者の財産よりその債権の弁済を受け得なくなったときは、原則として詐害行為となるが、債務者が右売却代金を有用の資にあてる目的で売却し、これを有用の資にあてたときは詐害行為にならないものと解するを相当とする。

(二)  そこで、右の見地に立脚して本件をみる。

1 被告と西村工業所とが締結した本件土地の前記売買契約の売買代金額が時価に比して低廉であったことを認めるに足りる証拠はなく、《証拠省略》によれば、むしろ、右売買代金額は右売買当時の適正価額よりも高額であって、相当の価額によるものであることが認められる。

2 しかしながら、本件全証拠によるも、右売買により、債務者である西村工業所が無資力となって、原告らの一般債権者の債権の弁済をなし得ない状態になったことを認めることはできない。

即ち、《証拠省略》によれば、右売買契約締結当時における西村工業所の本件土地を除くその余の所有財産は、本件建物、別紙二物件目録(三)及び(四)記載の各土地、機械設備、売掛金債権金四〇〇〇万円であったこと、これに対し、右当時における西村工業所の原告らの債権者に対する総債務金額は合計金一億二〇〇〇万円であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(但し、右当時、西村工業所が本件建物及び右各土地を所有していたことは当事者間に争いがない)。ところで、《証拠省略》によれば、右当時における本件建物の価額は少くともその固定資産税標準額の合計金四六〇万八四七六円、右機械設備の価額は金一〇〇〇万円であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。《証拠省略》によれば、昭和四九年二月二二日当時における別紙二物件目録(三)及び(四)記載の各土地の固定資産税課税標準額は合計二〇万二三七三円であり、また昭和四九年一一月頃、東京地方裁判所昭和四九年(ヌ)第八号不動産強制競売申立事件において右各土地の最低競売価額は合計金二二〇八万円と評価されたことが認められる。しかし、不動産の固定資産税課税標準額が適正な時価よりもかなり低廉なものであることは当裁判所に顕著な事実であるから右標準額をもって本件土地の前記売却当時(昭和四八年九月八日)における相当な価額であると認定することはできない。そして、更に、《証拠省略》によれば、西村工業所は昭和四七年八月頃右各土地を代金合計金七〇〇〇万円で他から買受け、その際訴外株式会社第一勧業銀行から右買受資金を借受けて右代金を支払い、右銀行のために右各土地に右借受金につき極度額金七〇〇〇万円の根抵当権(別紙三抵当権目録番号③)を設定したこと、ところがその後西村工業所は、昭和四八年末頃までは営業活動も順調で業績良好であったが、昭和四九年二月頃、所謂オイルショックの影響を受けて急速に営業不振となって手形不渡りにより事実上倒産するに至ったため、右のとおり右各土地につき強制競売を受けるような窮地に落入ることになったことが認められるので、西村工業所が右各土地を買受けた当時においては前記銀行もその買受代金を相当と判断してこの資金を貸付け、右各土地をその担保に供させていることが推認できるところ、右強制競売事件において最低競売価額が評定された当時は所謂オイルショックの時の経営状態の不穏な時期である上に、西村工業所が事実上倒産して倒産会社の資産の評価となされたものであるから右評定額をもって直ちに西村工業所の倒産前の時期における右各土地の適正時価にあたるものと認定することは相当ではない。そこで、右の諸点を考え合わすと、本件土地の前記売却当時(昭和四八年九月八日)における右各土地の適正価額は、その買受代金(七〇〇〇万円)よりも低廉ではなく、少くとも右買受代金の金七〇〇〇万円はしていたものと推認するを相当とする。そうすると、結局、本件土地の前記売却当時(昭和四八年九月八日)における西村工業所の本件土地を除く所有財産の総合計金額は金一億二四六〇万八四七六円であったのに対し、右当時における西村工業所の原告らの債権者に対する総債務金額は右所有財産の価額よりも低額の合計金一億二〇〇〇万円であったものであるから、成程、西村工業所は前記のとおり被告に本件土地を売却したことにより一般債権に対する担保力を薄弱ならしめたが、却って右売却当時西村工業所は本件土地の売却により無資力となっておらず、本件土地を除くその余の所有財産をもって優にその債権者に対する債務の弁済をなすことができる状態にあったものと認められるから、右売却により、債務者である西村工業所が無資力となって、原告らの債権者に対し債権の弁済をなし得ない状態になったものと認めることは困難であるといわなければならない。

3 そして、また本件全証拠によるも、債務者である西村工業所が本件土地の前記売却により原告らの債権者に対する債権を害することを知っていたことは認められない。即ち、西村工業所が右債権を害することを知っていたことを認めるに足りる証拠はなく、《証拠省略》によれば、西村工業所は、従来本件土地上に工場を設け営業を続けていたが、同所は住宅専用地区で騒音その他について住民の苦情が多くなったので、白井工業団地として開発された地域に工場を移転する計画をたて、昭和四七年八月頃右団地内にある別紙二物件目録(三)及び(四)記載の各土地を前記2において認定のとおり第一勧業銀行から借金して買受け、同所に新しく工場を設けて、漸次本件土地上の工場を移転していたこと、そこで、右工場移転計画の一環として本件土地を被告に前記のとおり売却したものであるが、その際その売却代金をもって、本件土地に設定されていた別紙三抵当権目録の番号④、⑥ないし⑧記載の各根抵当権ないし抵当権者及び本件建物に設定されていた同目録番号⑥ないし⑨記載の各根抵当権ないし抵当権者、並びに別紙二物件目録(三)記載の土地に設定されていた別紙三抵当権目録の番号①記載の根抵当権者及び別紙二物件目録(四)記載の土地に設定されていた別紙三抵当権目録の番号③記載の根抵当権者に対し、その各被担保債権を弁済したり、あらたに設置する新工場の設備資金に充てることなどを計画していたこと、そして右当時、西村工業所は、その営業成績は良好で、本件土地よりほかに前記2において認定のとおり各財産及び負債を有していたが、別紙二物件目録(三)及び(四)記載の各土地の適正価額は合計金一億二〇〇〇万円その他の所有財産の価額は少くとも前記2において認定のとおりであるものと判断していたので、右所有財産をもって負債を優に弁済できるものと認識していたことが認められ、右認定事実によれば、却って、西村工業所は、本件土地の前記売却当時、右売却処分が債権者を害することを認識していなかったものといわなければならない。

4 しかして、仮に右2及び3の判断が当を得ていないとしても、《証拠省略》によれば、前記3において認定のとおり、西村工業所が被告に本件土地を前記のとおり売却したのは白井工業団地へ工場を移転させる目的のためであって、右売却の際西村工業所は、その売却代金をもって、抵当権者の被担保債権を弁済し、新工場の機械設備資金等に充てることを計画していたこと、そこで、西村工業所は、被告から支払われた第一回め(昭和四八年九月八日)の手付金兼代金の内金二〇〇〇万円及び第二回め(昭和四八年一〇月二四日)の代金の内金六一七八万四〇〇〇円をもって、右の頃、本件土地及び本件建物に右売却前既に設定されていた前記3において認定の別紙三抵当権目録の番号④、⑥ないし⑨記載の各根抵当権ないし抵当権の被担保債権約金三〇〇〇万円、並びに別紙二物件目録(三)及び(四)記載の各土地に右売却前既に設定されていた前記3において認定の別紙三抵当権目録の番号①、③記載の根抵当権の被担保債権(これは右各土地買受代金支払いのため貸付を受けたもの)の内約金四〇〇〇万円をそれぞれ支払い、更に、あらたに設置した新工場の機械設備資金に約金一〇〇〇万円を充て、その残余を銀行に預金したこと、そして残代金一一八九万八二六〇円の内金一一〇〇万円については、前記第一の三において認定のとおり、西村工業所は、新興工業株式会社に対し、昭和四九年一月頃同社から倒産防止のための資金として借受けて別紙二物件目録(四)記載の土地に別紙三抵当権目録の番号⑩記載のとおり抵当権を設定していた借受金一〇〇〇万円余の担保として債権譲渡をなして、その後被告から昭和四九年八月二四日右残代金全部が支払われたときにこれをもって右借受金を弁済したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、右認定事実によれば、西村工業所は本件土地の前記売却の際その売却代金をもって有用の資にあてることを計画し、その後右売却代金を有用の資にあてたものというべきである。そうすると本件土地の前記売却については右のような事情があったものであるから、前記(一)の後段において説示のとおり本件土地の前記売却は詐害行為にならないものである。

(三)  そうすると、いずれにしても、西村工業所の被告に対する本件土地の前記売却が詐害行為にあたることは認められない。

三  してみれば、右売却が詐害行為にあたることを前提とする原告の被告に対する詐害行為取消し、及びこれに基づく本件土地の所有権移転登記の抹消登記手続の各請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

第三結び

よって、原告の被告に対する各請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎末記)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例